世の中にとって直接的で分析的で方法化しやすい分かりやすいものではなく、間接的で感覚的である現象を共有することで社会が元気を取り戻していけそうな概念をずっと探していた。18世紀のフランスの思想家であるシャルル・ド・ブロスの造語である「フェティシュ」は、世界を固着化し停滞させているありとあらゆる物事をそのおかしみの感覚で根底から揺さぶる力を持っていると直感している。
人間がいらない世界
今世の中では「人間」という存在の価値が希薄になっている。失われた30年以降の社会を覆ってきた孤独感、閉塞感、自閉感、疎外感はコロナ禍以降さらに加速し深刻化している。他人に言えない本音をAIに聞いてもらう人たち、人に愛されない孤独をVRや金銭で満たす人たち、一線を超えた非行を目にする機会が増え、年々過去最高を更新し続ける未成年の自殺者数。まるで家から外へ出るとその辺にいる人が全員敵かのように、強張らせた顔と不審な目付きで周囲を睨みつけながら通り過ぎていく人の数も老若男女問わず間違いなく増えたように感じる。
善悪が屈折し殺伐としている現状を知ってもなお、この世で生きていかなければならないことに、わが身も含めて心の底から同情してしまう。
ただ人間らしい生活を普通に送りたいだけなのに、環境が私の気持ちが安らぐ時間を奪ってくる。あっという間にAIが社会の主要な部分を担い始め、何が本当で何が嘘なのか境い目が分からない混沌の時代をいま私たちは生きている。こういう時代を生きているうちに、私も人を信じずらくなってきている。相手の顔が笑っていても、いまは接し方が親切でも、後で180度態度が変わってしまうことを想像してしまうし、本当はいつもどんな人なのかと相手の言葉の裏を常に伺ってしまう。
警戒心が強くなってしまっているから、半ば無意識の自然体な構えで、人に対してくつろいだ振る舞いが出来なくなっている、またそういう私でいられる機会が失われてしまっている。裏切られる前から家族すら疑い、親友や友人を疑ってしまいそうになる社会で、あちこちから集めた言葉や考え方で作られた色眼鏡で、自分を周囲に合わせるやり方で他人を欲望していたらそれは不調になるだろう。
等身大のそのままのあなたが心を開いて意識を外へ向けない限り、あなたにとってしっくりくる人間関係は築けないはずだ。
私は上記のような問題への答え方のひとつとして『objet magazine F』を立ち上げた。みんなが人間が嫌いになっているなら、いっそ一度、人の存在を頭から消してみたらどうか。代わりに、あなたが心から安らげる時間を与えてくれる物にもっと執着して夢中になってみたらどうか。いったん人を消して、物に凝ってみる。人間関係に欠かせない私らしい等身大の感覚はもう、ここまでやらないと取り返せないところまで来ていると私は思っている。この等身大の感覚のことをフェティッシュと呼ぶ。いわゆるフェチだ。人が消えているんだから、誰の目も気にしなくていい。
「飛行機雲」が好きで見つけたらこっそり写真を撮ってます、とってもいい感性。「自転車の車輪」が好きで実は車輪だけの部屋も作ってます、写真があったら見てみたい。「女房の髪の毛」を見つけたら愛おしくて拾って瓶に詰めてます、ちょっとマルジェラみたい、続けて。「ノートに書くという行為」が好きで30冊くらい自作のノートを持ってます、これは私のフェティッシュ。幼な心なものから変態チックなものまで、他人のフェチの話を少し聞いてみただけで、その人の見え方が変わったはずだ。関わってみたくなった人もいるだろう。
きっとフェティッシュは、人が心を開くきっかけとなる。誰かのフェチをきっかけに、新しいコミュニティがそこここで生まれ、間接的に社会が元気な姿を取り戻して欲しい。フェティッシュが所以の、物とのつながりから忘れてしまった等身大の感覚を取り戻す力は、本来必要のない嘘か本当からも分からない情報を余計にあいだに介在させず、人と人が安心してつながれる時間を与えてくれるはずだ。この先、優しい表情と言葉と存在感を持った人の姿を、一人でも多く見かけられることを心から願いながら、私はこのウェブメディアを続けていく決心である。
網口渓太 あみぐち・けいた/1991年生まれ、関西出身。ウェブマガジン『objet magazine F』編集長。ZINE『読まれた本』vol.2まで発刊中。最近のフェチは、飛行機雲の直線、B5サイズの方眼ノート、大きめのタブロー、kohhの声、人が書く文字。
